宇治を訪ねてvol.1〜平等院鳳凰堂。
2026年01月31日
こんにちは。
先週の休日。
連休の二日目を利用して、ひとり京都観光に宇治に行ってきました。
この日の目的は『平等院』、そしてJR宇治駅の隣りにあるJR黄檗駅にある、黄檗宗の総本山『萬福寺』を訪れること。

JR大阪駅から新快速で約30分、新大阪、高槻に途中停車しJR京都に到着。そこでJR奈良線に乗り換え、みやこ路快速で宇治まで約15分程。宇治駅目前、車窓から見える宇治橋の雰囲気がとてもよく期待が高まります。
駅に到着し改札を出てエスカレーターを降り外に出ると、まあ寒い!ここまでとは((((;゚Д゚)))))))
それもそのはず。
この日1/20は今期最強で最長と言われる寒波の初日でしたので。…にしても寒いなー。さすが京都おすなー。
『平等院』に向かいてくてく歩きます。
なんかこういう目的地へ向かうまでの道すがら通りを挟んだ商店や飲食店の雰囲気ってメッチャ良い。現代っぽいお洒落なお店もあれば、昭和レトロ全開なお店もあって。見ていて楽しい。





『平等院』に近づくとお土産屋さんや飲食店、さすが宇治!お茶屋さんも沢山ございます。そうこうしてると『平等院』正門の前に到着。拝観料700円を支払い、いよいよ境内へ。


この後の11時30分からの鳳凰堂内部拝観の受付を済ませて、それまでの時間に『鳳凰堂』を正面から見るため既に人だかりのある場所まで。



おおーっ!
一人でしたが思わず声が出ました。
『平等院鳳凰堂』は子供の頃から名前はもちろんその建物のカタチはよく知っていましたが、実際に目にしたのは今回が初めてでした。普段使ってる10円玉の表面に描かれてるそれはよく見てましたけど…小銭だけはたくさん持ってるので(笑)。

ここで、『平等院鳳凰堂』について。
『平等院鳳凰堂』は平安時代の貴族文化の華やかさと、当時の人々の切実な願いを今に伝える世界遺産です。
その歴史的背景と特徴を簡潔にまとめてみました。
1. 歴史的背景:末法思想と極楽浄土
『平等院鳳凰堂』が創建された1053年(平安時代後期)は、「末法思想(まっぽうしそう)」という、仏教の教えが廃れ世の中が乱れるとされる時代に入ったばかりでした。疫病や内乱が続き、貴族も庶民も「死後は地獄に落ちるのではないか」という強い不安を抱えていました。そこで、「阿弥陀如来を信じれば、死後に極楽浄土へ連れて行ってもらえる」という浄土信仰が爆発的に広まりました。当時の最高権力者・藤原頼通が、父の別荘を寺に改め、この世に「極楽浄土」を再現しようとして造ったのが鳳凰堂です。
2. 建築と美術の特徴
『鳳凰堂』は、阿弥陀如来が住む極楽の宮殿をイメージして設計されています。
翼を広げたような姿: 中堂、左右の翼廊、背面の尾廊からなる独特の形は、まさに鳳凰が羽を広げた姿に見えます。 国宝の阿弥陀如来像が安置されており、平安時代の名工『定朝(じょうちょう)』によって作られました。建物が阿字池の中島に建てられており、水面に映る姿がさらに幻想的な浄土の雰囲気を演出しています。
3. 現代への継承
『平等院鳳凰堂』は、幾多の戦火を奇跡的に免れ、平安時代の建築・彫刻・絵画が一体となった貴重な遺構として残っています。その美しさと文化的価値は、私たちの日常生活にも深く浸透しています。10円硬貨は表面に鳳凰堂のデザインが採用されています。旧1万円札の裏面に屋根の上に立つ『鳳凰』が描かれています。



夢中になって写真を撮りまくってると
11時30分が近づいてきたので内部拝観の待機列に並びます。定員制でおそらく50人位でしょうか。
そして案内に従って堂内に入場します。
『平等院鳳凰堂』の内部は写真撮影NGでしたが、案内の方の説明もありとても興味深く拝観することが出来ました。国宝である『阿弥陀如来坐像』はその大きさに圧倒されますし、不思議な力を感じます。またその周りを取り囲む52体の『雲中供養菩薩像』(半分はレプリカとなっており実物は境内にあるミュージアムにて間近で見れるように展示されてるとのこと)も、すべてが雲に乗り、踊ったり、楽器を演奏したり、手を合わせたりと、一体ずつポーズが異なります。その名の通り「雲に乗って阿弥陀如来と一緒に飛来し、死者を迎えに来る(来迎)」様子を表現しているそうです。


お話をお聞きしながら思ったこと。
厳しい社会情勢の中で『阿弥陀如来坐像』に手を合わせていた当時の人々のことを想像すると、約1000年の時を経て、今同じ場所でこうして同じように手を合わせていること。そして心穏やかに日々を過ごせていること。とても貴重だし有り難いことなんだなと。
御朱印をいただき、この後ミュージアム『鳳翔館』に。

ここでは先程お伝えした『雲中供養菩薩像』26体や『平等院鳳凰堂』中堂の大塔の南北両端に据えられていた『鳳凰』一対を真近で見ることが出来ます(ちなみに現在大塔に据えられている鳳凰は二代目となります)。それから堂内に描かれていた壁扉画を復元模写した『九品来迎図(くほんらいこうず)』も。

『阿弥陀如来坐像』『雲中供養菩薩像』『鳳凰』の画像はお借りしました。ありがとうございます。
こういった国宝や重要文化財を見た時に毎回思うのが、語彙力が乏しくて恐縮なんですけど、いやーっホント凄いなと。当時の技術でこうしてカタチにしていること。そして、諸行無常の世の中で、時を経てもこうして残ってるということ。その時代その時代で大切に管理されていたから、いまこうして僕達がそれを感じ、そこに思いを馳せることができるんだよなと。
『平等院鳳凰堂』個人的にメチャメチャ良かったです!

次回に続きます。
《ウエノ》
先週の休日。
連休の二日目を利用して、ひとり京都観光に宇治に行ってきました。
この日の目的は『平等院』、そしてJR宇治駅の隣りにあるJR黄檗駅にある、黄檗宗の総本山『萬福寺』を訪れること。

JR大阪駅から新快速で約30分、新大阪、高槻に途中停車しJR京都に到着。そこでJR奈良線に乗り換え、みやこ路快速で宇治まで約15分程。宇治駅目前、車窓から見える宇治橋の雰囲気がとてもよく期待が高まります。
駅に到着し改札を出てエスカレーターを降り外に出ると、まあ寒い!ここまでとは((((;゚Д゚)))))))
それもそのはず。
この日1/20は今期最強で最長と言われる寒波の初日でしたので。…にしても寒いなー。さすが京都おすなー。
『平等院』に向かいてくてく歩きます。
なんかこういう目的地へ向かうまでの道すがら通りを挟んだ商店や飲食店の雰囲気ってメッチャ良い。現代っぽいお洒落なお店もあれば、昭和レトロ全開なお店もあって。見ていて楽しい。





『平等院』に近づくとお土産屋さんや飲食店、さすが宇治!お茶屋さんも沢山ございます。そうこうしてると『平等院』正門の前に到着。拝観料700円を支払い、いよいよ境内へ。


この後の11時30分からの鳳凰堂内部拝観の受付を済ませて、それまでの時間に『鳳凰堂』を正面から見るため既に人だかりのある場所まで。



おおーっ!
一人でしたが思わず声が出ました。
『平等院鳳凰堂』は子供の頃から名前はもちろんその建物のカタチはよく知っていましたが、実際に目にしたのは今回が初めてでした。普段使ってる10円玉の表面に描かれてるそれはよく見てましたけど…小銭だけはたくさん持ってるので(笑)。

ここで、『平等院鳳凰堂』について。
『平等院鳳凰堂』は平安時代の貴族文化の華やかさと、当時の人々の切実な願いを今に伝える世界遺産です。
その歴史的背景と特徴を簡潔にまとめてみました。
1. 歴史的背景:末法思想と極楽浄土
『平等院鳳凰堂』が創建された1053年(平安時代後期)は、「末法思想(まっぽうしそう)」という、仏教の教えが廃れ世の中が乱れるとされる時代に入ったばかりでした。疫病や内乱が続き、貴族も庶民も「死後は地獄に落ちるのではないか」という強い不安を抱えていました。そこで、「阿弥陀如来を信じれば、死後に極楽浄土へ連れて行ってもらえる」という浄土信仰が爆発的に広まりました。当時の最高権力者・藤原頼通が、父の別荘を寺に改め、この世に「極楽浄土」を再現しようとして造ったのが鳳凰堂です。
2. 建築と美術の特徴
『鳳凰堂』は、阿弥陀如来が住む極楽の宮殿をイメージして設計されています。
翼を広げたような姿: 中堂、左右の翼廊、背面の尾廊からなる独特の形は、まさに鳳凰が羽を広げた姿に見えます。 国宝の阿弥陀如来像が安置されており、平安時代の名工『定朝(じょうちょう)』によって作られました。建物が阿字池の中島に建てられており、水面に映る姿がさらに幻想的な浄土の雰囲気を演出しています。
3. 現代への継承
『平等院鳳凰堂』は、幾多の戦火を奇跡的に免れ、平安時代の建築・彫刻・絵画が一体となった貴重な遺構として残っています。その美しさと文化的価値は、私たちの日常生活にも深く浸透しています。10円硬貨は表面に鳳凰堂のデザインが採用されています。旧1万円札の裏面に屋根の上に立つ『鳳凰』が描かれています。



夢中になって写真を撮りまくってると
11時30分が近づいてきたので内部拝観の待機列に並びます。定員制でおそらく50人位でしょうか。
そして案内に従って堂内に入場します。
『平等院鳳凰堂』の内部は写真撮影NGでしたが、案内の方の説明もありとても興味深く拝観することが出来ました。国宝である『阿弥陀如来坐像』はその大きさに圧倒されますし、不思議な力を感じます。またその周りを取り囲む52体の『雲中供養菩薩像』(半分はレプリカとなっており実物は境内にあるミュージアムにて間近で見れるように展示されてるとのこと)も、すべてが雲に乗り、踊ったり、楽器を演奏したり、手を合わせたりと、一体ずつポーズが異なります。その名の通り「雲に乗って阿弥陀如来と一緒に飛来し、死者を迎えに来る(来迎)」様子を表現しているそうです。


お話をお聞きしながら思ったこと。
厳しい社会情勢の中で『阿弥陀如来坐像』に手を合わせていた当時の人々のことを想像すると、約1000年の時を経て、今同じ場所でこうして同じように手を合わせていること。そして心穏やかに日々を過ごせていること。とても貴重だし有り難いことなんだなと。
御朱印をいただき、この後ミュージアム『鳳翔館』に。

ここでは先程お伝えした『雲中供養菩薩像』26体や『平等院鳳凰堂』中堂の大塔の南北両端に据えられていた『鳳凰』一対を真近で見ることが出来ます(ちなみに現在大塔に据えられている鳳凰は二代目となります)。それから堂内に描かれていた壁扉画を復元模写した『九品来迎図(くほんらいこうず)』も。

『阿弥陀如来坐像』『雲中供養菩薩像』『鳳凰』の画像はお借りしました。ありがとうございます。
こういった国宝や重要文化財を見た時に毎回思うのが、語彙力が乏しくて恐縮なんですけど、いやーっホント凄いなと。当時の技術でこうしてカタチにしていること。そして、諸行無常の世の中で、時を経てもこうして残ってるということ。その時代その時代で大切に管理されていたから、いまこうして僕達がそれを感じ、そこに思いを馳せることができるんだよなと。
『平等院鳳凰堂』個人的にメチャメチャ良かったです!

次回に続きます。
《ウエノ》








































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