『神武以来(このかた)の天才』~加藤一二三九段を偲んで~
2026年01月25日
2026年1月22日――将棋界の“生きる伝説”として、そして「ひふみん」の愛称で多くの人に親しまれた加藤一二三九段が、肺炎のため86歳で昇天されました。
盤上に向かう背中、勝負師の鋭さと無邪気な笑顔、そのどちらもが将棋という文化の厚みを物語っていたように思います。ここに、長い足跡を辿りながら、感謝とともに追悼の言葉を綴ります。

加藤九段の歩みは、まさに記録と記憶の連続でした。1954年、史上初の“中学生棋士”としてプロの世界へ。14歳でのデビューは当時「神武以来の天才」と評され、その最年少記録は実に長く将棋界の象徴として語り継がれました。
才能の早熟さだけではありません。厳しい順位戦の階段を駆け上がり、18歳でA級入りを果たしたことも、天才の名を“噂”ではなく“実力”へ変えた出来事でした。
そして1982年、ついに名人位へ。中原誠名人との名人戦は、千日手や持将棋を含む激闘として今も語られます。勝負の綾が何度も揺れた長いシリーズを制して頂点に立った姿は、「終盤の鬼」「勝負師」といった言葉を一段と重いものにしました。
名人1期のほか、十段(現・竜王系統)3期、棋王2期、王位1期、王将1期――タイトル通算8期。さらに通算勝利数は1323勝という大記録を打ち立て、将棋史の背骨を形づくる存在となりました。
加藤九段を語るうえで欠かせないのが、「1分将棋の神様」と呼ばれた勝負勘です。短い持ち時間でも怯まず、むしろ研ぎ澄まされた直感で相手をねじ伏せる。早指しの世界で“読みに読んだ一手”が放たれる瞬間の迫力は、観る者の時間感覚すら変えてしまうほどでした。
その棋風は、派手さではなく“執念”で人の心を掴みます。いったん勝ち筋を見つけたら、どこまでも勝ち切る。負ければ悔しさを隠さず、勝てば少年のように喜ぶ。その率直さが、盤上の孤独な闘いを、私たちの身近なドラマに変えてくれました。
また、キャリアの「長さ」そのものが功績でもありました。現役生活は63年に及び、77歳まで公式戦の盤に座り続けた姿は“前人未到”のひと言です。
2016年には、当時14歳の藤井聡太四段のデビュー戦の相手を務め、62歳差という歴史的対局が実現しました。世代交代の象徴となった一局で、加藤九段は若き才能を受け止め、将棋の時間の大河を私たちに見せてくれたのです。
2017年、竜王戦での一局を最後に引退。けれど加藤九段は、盤を離れてなお“将棋の顔”でした。テレビや講演で将棋の魅力を語り、独特の言葉選びと温かな人柄で、新しいファン層を将棋へ導いた功績は計り知れません。
また加藤九段は、盤上の強さと同じくらい、人生を支えた信仰を大切にされた方でもありました。30歳のクリスマス(1970年12月25日)、東京都杉並区のカトリック下井草教会で洗礼を受け、洗礼名は**「パウロ」**。将棋人生に迷いを感じていた時期にキリスト教と出会い、「確かなもの」に触れたことが、その後の生き方と将棋を大きく変えた――そう自ら語っています。
対局前には教会で祈りを捧げるほど敬虔で、勝負の世界に身を置きながらも「祈り」と「愛」を言葉にしてきた姿は、将棋界の外にも静かな感銘を広げました。訃報に際しても、カトリック麹町・聖イグナチオ教会で葬儀が行われると報じられ、その歩みが信仰とともにあったことを改めて思い起こさせます。
将棋が「難しい」から「面白い」へと届く距離を、加藤九段はぐっと縮めてくれました。
訃報に接し、改めて思います。加藤一二三という棋士は、勝ち負けの数字だけでは測れない“文化の体温”を将棋界に残しました。天才の鮮烈さ、勝負師の執念、長寿現役の矜持、そして人を笑顔にする親しみ。どれか一つではなく、全部が加藤一二三でした。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。お疲れ様でした。加藤一二三九段。

《タカダ》
盤上に向かう背中、勝負師の鋭さと無邪気な笑顔、そのどちらもが将棋という文化の厚みを物語っていたように思います。ここに、長い足跡を辿りながら、感謝とともに追悼の言葉を綴ります。

加藤九段の歩みは、まさに記録と記憶の連続でした。1954年、史上初の“中学生棋士”としてプロの世界へ。14歳でのデビューは当時「神武以来の天才」と評され、その最年少記録は実に長く将棋界の象徴として語り継がれました。
才能の早熟さだけではありません。厳しい順位戦の階段を駆け上がり、18歳でA級入りを果たしたことも、天才の名を“噂”ではなく“実力”へ変えた出来事でした。
そして1982年、ついに名人位へ。中原誠名人との名人戦は、千日手や持将棋を含む激闘として今も語られます。勝負の綾が何度も揺れた長いシリーズを制して頂点に立った姿は、「終盤の鬼」「勝負師」といった言葉を一段と重いものにしました。
名人1期のほか、十段(現・竜王系統)3期、棋王2期、王位1期、王将1期――タイトル通算8期。さらに通算勝利数は1323勝という大記録を打ち立て、将棋史の背骨を形づくる存在となりました。
加藤九段を語るうえで欠かせないのが、「1分将棋の神様」と呼ばれた勝負勘です。短い持ち時間でも怯まず、むしろ研ぎ澄まされた直感で相手をねじ伏せる。早指しの世界で“読みに読んだ一手”が放たれる瞬間の迫力は、観る者の時間感覚すら変えてしまうほどでした。
その棋風は、派手さではなく“執念”で人の心を掴みます。いったん勝ち筋を見つけたら、どこまでも勝ち切る。負ければ悔しさを隠さず、勝てば少年のように喜ぶ。その率直さが、盤上の孤独な闘いを、私たちの身近なドラマに変えてくれました。
また、キャリアの「長さ」そのものが功績でもありました。現役生活は63年に及び、77歳まで公式戦の盤に座り続けた姿は“前人未到”のひと言です。
2016年には、当時14歳の藤井聡太四段のデビュー戦の相手を務め、62歳差という歴史的対局が実現しました。世代交代の象徴となった一局で、加藤九段は若き才能を受け止め、将棋の時間の大河を私たちに見せてくれたのです。
2017年、竜王戦での一局を最後に引退。けれど加藤九段は、盤を離れてなお“将棋の顔”でした。テレビや講演で将棋の魅力を語り、独特の言葉選びと温かな人柄で、新しいファン層を将棋へ導いた功績は計り知れません。
また加藤九段は、盤上の強さと同じくらい、人生を支えた信仰を大切にされた方でもありました。30歳のクリスマス(1970年12月25日)、東京都杉並区のカトリック下井草教会で洗礼を受け、洗礼名は**「パウロ」**。将棋人生に迷いを感じていた時期にキリスト教と出会い、「確かなもの」に触れたことが、その後の生き方と将棋を大きく変えた――そう自ら語っています。
対局前には教会で祈りを捧げるほど敬虔で、勝負の世界に身を置きながらも「祈り」と「愛」を言葉にしてきた姿は、将棋界の外にも静かな感銘を広げました。訃報に際しても、カトリック麹町・聖イグナチオ教会で葬儀が行われると報じられ、その歩みが信仰とともにあったことを改めて思い起こさせます。
将棋が「難しい」から「面白い」へと届く距離を、加藤九段はぐっと縮めてくれました。
訃報に接し、改めて思います。加藤一二三という棋士は、勝ち負けの数字だけでは測れない“文化の体温”を将棋界に残しました。天才の鮮烈さ、勝負師の執念、長寿現役の矜持、そして人を笑顔にする親しみ。どれか一つではなく、全部が加藤一二三でした。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。お疲れ様でした。加藤一二三九段。

《タカダ》







































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