第67期王位戦七番勝負第3局~漆黒の長考と深淵の終盤戦~
2026年08月02日
1勝1敗のタイで迎えた第67期王位戦七番勝負第3局。舞台は湯の街・北海道登別市の老舗「祝いの宿 登別グランドホテル」です。

前日に湯の煙と地獄谷の雄大な景観を目に焼き付けた両対局者は、小雨のぱらつく肌寒い朝のなか、午前9時に静かに対局が開始されました。
先手・藤井聡太王位(七冠)に対し、挑戦者・伊藤匠二冠がぶつけた戦型は角換わりです。そこから右玉の構えを取り、快勝譜の第1局の手順に近くなります。 藤井王位が▲4五桂と躍り出ると、伊藤二冠は銀を差し出して打ち下ろす△3八角からの反撃を敢行します。盤上の浮き駒を巡る高度な駆け引きが繰り広げられるなか、驚くべきは藤井王位の消費時間でした。初日夕方の段階で藤井王位の使った時間は早くも5時間を突破したのです。長考派の藤井王位ではありますが、1日目でこれほど時間を使う藤井王位の姿は極めて珍しく、関係者からも「これほど長考を重ねる藤井王位は記憶にない」と動揺が走ったほどでした。
伊藤二冠が1時間2分の熟考の末に封じた86手目△6四銀。消費時間は藤井王位が5時間17分、伊藤二冠が2時間24分となりました。約3時間という大きな時間差を抱えたまま、勝負は2日目へと持ち越されたのです。
2日目、封じ手開封とともに藤井王位が放った▲6五桂は、現地の副立会・高見泰地七段すら「読んでいなかった」と唸る意外の一手でした。しかし、伊藤二冠の対応も実にしなやかでした。△5三銀と柔軟に引きつけ、玉をグイと4四へ押し上げる「中段玉」の構えを構築したのです。盤上を舞う中段玉は「中段玉、寄せにくし」との格言もあるほど。
玉を広い自陣の中央へと進出させ、あえて先手の攻めを受け止める伊藤二冠の姿勢に、関係者からは「入玉」の二文字がにわかに現実味を帯びて囁かれ始めました。藤井王位は▲5九飛と転回して牽制しますが、伊藤二冠は4三に桂を据えてガッチリとガードします。自陣の体制を固めた伊藤二冠に対し、藤井王位は▲4九桂と打って様子を見ます。千日手をも辞さないという引き締まった空気が盤上を包み込みました。 局面を打開したのは伊藤二冠でした。△6六歩から果敢に攻め合いへ転じます。後手の玉が上に上にと逃げ水を追うように進出していくなか、控室の屋敷伸之九段らも「相入玉になるかもしれない。駒数が足りるかどうか」と盤面を注視しました。一歩間違えれば底なしの泥沼へとハマり込むような混戦です。
明暗を分けた「一瞬の錯覚」
互いに残り時間が1時間を切り、秒読みの足音が近づく終盤戦。運命の手が訪れたのは116手目でした。
伊藤二冠が放った△6七歩成。
一見すると金駒に揺さぶりをかける自然な手筋に見えましたが、これが実戦の緩手だったのです。局後の感想戦で伊藤二冠が「負けだろうと思ってしまった」と述懐した通り、入玉模様のあまりの複雑さに後手側が一瞬の隙を見せた場面でした。ここで代わりに△1九と から香車を補充しつつ上部を拓いていれば、形勢はまだ混沌としていたと言われています。この瞬間、藤井王位の鋭い着手が光りました。▲6七同金と整然と取ると、後手の追撃を△6九香成にも慌てず▲5九銀と引いてしっかりと遮断します。自玉の安全を徹底的に確保しながら、狙いすました▲7二角からの攻防手で一気に後手陣の急所を撃ち抜いたのです。
後手が飛車を活用して暴れようと試みるも、藤井王位は自陣に▲7九香、▲8九桂と手厚い「受け」の駒を放ち、伊藤二冠の攻め駒をことごとく跳ね返してみせます。後手玉の上部脱出ルートを▲1七桂の王手で完全に塞いだところで、152手目を指すことなく伊藤二冠は静かに投了を告げました。消費時間は藤井王位が7時間50分、伊藤二冠が7時間57分となりました。両者が持ち時間を限界まで使い切った激闘は、藤井王位の持ち時間に囚われない自分時間の徹底による勝利で幕を閉じました。初日の膨大な長考で時間的ハンデを背負いながらも、相手の入玉策を完璧に計算し切り、終盤で鮮やかに抜け出した藤井王位。これで通算成績を2勝1敗とし、防衛へ一歩リードを奪いました。一方、敗れたとはいえ伊藤二冠が見せた柔軟な右玉構想と絶妙な粘りは、この七番勝負がまだまだ一筋縄ではいかないことを力強く物語っていました。
次なる第4局は、8月中旬、長崎の地で行われます。真夏の長崎で、二人の若き天才はどんな名譜を織りなしてくれるのでしょうか。熱戦の余韻は、まだまだ冷めそうにありません。
《タカダ》

前日に湯の煙と地獄谷の雄大な景観を目に焼き付けた両対局者は、小雨のぱらつく肌寒い朝のなか、午前9時に静かに対局が開始されました。
先手・藤井聡太王位(七冠)に対し、挑戦者・伊藤匠二冠がぶつけた戦型は角換わりです。そこから右玉の構えを取り、快勝譜の第1局の手順に近くなります。 藤井王位が▲4五桂と躍り出ると、伊藤二冠は銀を差し出して打ち下ろす△3八角からの反撃を敢行します。盤上の浮き駒を巡る高度な駆け引きが繰り広げられるなか、驚くべきは藤井王位の消費時間でした。初日夕方の段階で藤井王位の使った時間は早くも5時間を突破したのです。長考派の藤井王位ではありますが、1日目でこれほど時間を使う藤井王位の姿は極めて珍しく、関係者からも「これほど長考を重ねる藤井王位は記憶にない」と動揺が走ったほどでした。
伊藤二冠が1時間2分の熟考の末に封じた86手目△6四銀。消費時間は藤井王位が5時間17分、伊藤二冠が2時間24分となりました。約3時間という大きな時間差を抱えたまま、勝負は2日目へと持ち越されたのです。
2日目、封じ手開封とともに藤井王位が放った▲6五桂は、現地の副立会・高見泰地七段すら「読んでいなかった」と唸る意外の一手でした。しかし、伊藤二冠の対応も実にしなやかでした。△5三銀と柔軟に引きつけ、玉をグイと4四へ押し上げる「中段玉」の構えを構築したのです。盤上を舞う中段玉は「中段玉、寄せにくし」との格言もあるほど。
玉を広い自陣の中央へと進出させ、あえて先手の攻めを受け止める伊藤二冠の姿勢に、関係者からは「入玉」の二文字がにわかに現実味を帯びて囁かれ始めました。藤井王位は▲5九飛と転回して牽制しますが、伊藤二冠は4三に桂を据えてガッチリとガードします。自陣の体制を固めた伊藤二冠に対し、藤井王位は▲4九桂と打って様子を見ます。千日手をも辞さないという引き締まった空気が盤上を包み込みました。 局面を打開したのは伊藤二冠でした。△6六歩から果敢に攻め合いへ転じます。後手の玉が上に上にと逃げ水を追うように進出していくなか、控室の屋敷伸之九段らも「相入玉になるかもしれない。駒数が足りるかどうか」と盤面を注視しました。一歩間違えれば底なしの泥沼へとハマり込むような混戦です。
明暗を分けた「一瞬の錯覚」
互いに残り時間が1時間を切り、秒読みの足音が近づく終盤戦。運命の手が訪れたのは116手目でした。
伊藤二冠が放った△6七歩成。
一見すると金駒に揺さぶりをかける自然な手筋に見えましたが、これが実戦の緩手だったのです。局後の感想戦で伊藤二冠が「負けだろうと思ってしまった」と述懐した通り、入玉模様のあまりの複雑さに後手側が一瞬の隙を見せた場面でした。ここで代わりに△1九と から香車を補充しつつ上部を拓いていれば、形勢はまだ混沌としていたと言われています。この瞬間、藤井王位の鋭い着手が光りました。▲6七同金と整然と取ると、後手の追撃を△6九香成にも慌てず▲5九銀と引いてしっかりと遮断します。自玉の安全を徹底的に確保しながら、狙いすました▲7二角からの攻防手で一気に後手陣の急所を撃ち抜いたのです。
後手が飛車を活用して暴れようと試みるも、藤井王位は自陣に▲7九香、▲8九桂と手厚い「受け」の駒を放ち、伊藤二冠の攻め駒をことごとく跳ね返してみせます。後手玉の上部脱出ルートを▲1七桂の王手で完全に塞いだところで、152手目を指すことなく伊藤二冠は静かに投了を告げました。消費時間は藤井王位が7時間50分、伊藤二冠が7時間57分となりました。両者が持ち時間を限界まで使い切った激闘は、藤井王位の持ち時間に囚われない自分時間の徹底による勝利で幕を閉じました。初日の膨大な長考で時間的ハンデを背負いながらも、相手の入玉策を完璧に計算し切り、終盤で鮮やかに抜け出した藤井王位。これで通算成績を2勝1敗とし、防衛へ一歩リードを奪いました。一方、敗れたとはいえ伊藤二冠が見せた柔軟な右玉構想と絶妙な粘りは、この七番勝負がまだまだ一筋縄ではいかないことを力強く物語っていました。
次なる第4局は、8月中旬、長崎の地で行われます。真夏の長崎で、二人の若き天才はどんな名譜を織りなしてくれるのでしょうか。熱戦の余韻は、まだまだ冷めそうにありません。
《タカダ》

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