岩村城跡
2016年09月27日
岐阜の観光名所第三弾岩村城跡
詳しくは下記をお読みください(笑)
日本城郭協会が認定する「日本百名城」に選定された山城。(岐阜県内では岐阜城と岩村城跡の2ヶ所のみが選定)。本丸周辺の石垣は“東洋のマチュピチュ”と呼んでも相応しいほど、遺跡をもイメージさせる壮大なつくりで、城マニアが感嘆のため息をもらすほどの石垣が、今も、当時の面影を偲ばせています。
“岩村城は、大和の高取城(奈良県)備中の松山城(岡山県)と並ぶ日本三大山城の一つに数えられる名城。城は江戸諸藩の府城の中でも最も高い所(標高717m)に築かれ、高低差180mの天嶮の地形を巧みに利用した要害堅固な山城で、霧の湧き易い気象までも城造りに活かされており、別名「霧ケ城」とも呼ばれています。
この城が名城と言われる由縁は、単にその規模と大きさだけでなく、その永い歴史に由来しています。1185年(文治元年)源頼朝の重臣「加藤景廉(かとうかげかど)」がこの地の地頭に補せられ創築されてから、鎌倉・室町の300年間、戦国の100年間、更に江戸期の300年間に亙り城と城主が連綿と続き、明治に至り廃城令で廃城されるまで、連綿と存続しました。
700年間に及ぶ城の歴史は、日本の城史にも例を見ないものなのです。
岩村城址では、案内看板に、QRコードを取り付けてありそれを読むことによって、ユーチューブ動画が見られるという仕組みだそうですが自分のスマートフォンでは音声は聞こえましたが動画はうまいこといきませんでした。(笑)
歩き始めてすぐに城跡らしい風景に
駐車場が近いので本丸まで10分位で以前紹介した苗木城と比べるとかなり楽でした。
出丸の方に廻って少し下から見る角度がより城跡らしく見えました。
【ハマチャン】
詳しくは下記をお読みください(笑)
日本城郭協会が認定する「日本百名城」に選定された山城。(岐阜県内では岐阜城と岩村城跡の2ヶ所のみが選定)。本丸周辺の石垣は“東洋のマチュピチュ”と呼んでも相応しいほど、遺跡をもイメージさせる壮大なつくりで、城マニアが感嘆のため息をもらすほどの石垣が、今も、当時の面影を偲ばせています。
“岩村城は、大和の高取城(奈良県)備中の松山城(岡山県)と並ぶ日本三大山城の一つに数えられる名城。城は江戸諸藩の府城の中でも最も高い所(標高717m)に築かれ、高低差180mの天嶮の地形を巧みに利用した要害堅固な山城で、霧の湧き易い気象までも城造りに活かされており、別名「霧ケ城」とも呼ばれています。
この城が名城と言われる由縁は、単にその規模と大きさだけでなく、その永い歴史に由来しています。1185年(文治元年)源頼朝の重臣「加藤景廉(かとうかげかど)」がこの地の地頭に補せられ創築されてから、鎌倉・室町の300年間、戦国の100年間、更に江戸期の300年間に亙り城と城主が連綿と続き、明治に至り廃城令で廃城されるまで、連綿と存続しました。
700年間に及ぶ城の歴史は、日本の城史にも例を見ないものなのです。
岩村城址では、案内看板に、QRコードを取り付けてありそれを読むことによって、ユーチューブ動画が見られるという仕組みだそうですが自分のスマートフォンでは音声は聞こえましたが動画はうまいこといきませんでした。(笑)
歩き始めてすぐに城跡らしい風景に
駐車場が近いので本丸まで10分位で以前紹介した苗木城と比べるとかなり楽でした。
出丸の方に廻って少し下から見る角度がより城跡らしく見えました。
【ハマチャン】
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